鎮魂歌

 9日か10日だった。

 私は神戸でKと会っていた。喫茶店のはしごを何軒かする。ビートルズの曲、ジョンレノンが1日中流れていた。

 1980年12月8日、彼は殺された。

 私たちは大学生だった。

 先日Kが来たのは、昨年亡くなった母のお参りをするためだった。彼自身おととし自分の母親を亡くしているし、昨年末には父親を亡くしている。

 私はどちらもお参りはしていない。香典もお供えもなしだ。無礼な男である。

 ジョンレノンの話が出る。

「次の日、三宮でおうてたなぁ」と私。

 しかし、Kは忘れていた。

 ジョンレノンが1日中流れていたんだけどなぁ。

 あの憂鬱な、沈鬱な気分は忘れない。

 亡くなった友人の隆と司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の話をしていた。私は言う。

「これってホンマは、殺された人らのために書かれた小説やんな」

「そうや、今ごろ気ぃついたんか。ある意味、墓碑銘やな」

 好きな小説だが、立派な意志ある若者が無残に殺される。竜馬でさえそうだ。創作であるのは間違いないが、相応の事実に基づいた創作であるには違いない。

 つまり人は殺されている。その事実がやるせない。

 私は記録者になる。そう思ったのはいつだろう。はっきりとは覚えていないが、ものを書くようになってからではある。

 弟が死んだとき書いていたものがあると知り、弟の友だち連中から残っていた走り書きを集めた。どうにか1冊にまとめる。

 弟が生きていた証がほしかったのだ。MessageⅠと名付けたが、続編はない。

 弟が残した1冊だけの詩集になった。

 記録者は冷徹でなければならないとは思うが、身内には難しい。

「ここ、お前が書いたやろ」

 隆は指摘した。

 弟のできたての詩集を見せたときだ。最後に感傷的なことを私は書いていた。

 隆は少し批判的だったな。

 友人だったタマちゃんが亡くなったと聞かされたのは、40年は通う散髪屋だった。彼の弟も常連だ。

 ここを利用するのは、私より彼の方が早かった。しかし、いち度も会ったことはないし、もう何年もまったく来ていない。

 私と彼の仲が悪くなったのは、隆の死におおもとの原因がある。私はいっぺんに2人、友人をなくした。

 彼は男前だ。

 スポーツもできた。

 中学のときは野球部だったが、同じ中学のH君は、マウンドに立つ彼の雄姿を覚えていると言った。

 彼はもうこの世にいない。

 私は終末論者ではないが、今の世界は本当に酷い。

 死にすぎている。死ぬはずのない場所で死んでいるし、いち度に死ぬ人数も多すぎる。

 終末論者ではないが、何かがおかしいと思っている。

 新しい世界が誕生するための胎動なら耐えるしかないが、ただ神が人類を滅ぼしにかかっているのなら……。

 いずれにしろ抗う術はないか。耐えるしかない。

 止まらない。

 ここまで書いていて、また新しい訃報に触れた。2023年4月2日、坂本龍一が亡くなったと知る。実際は先月28日死亡のようだ。癌の治療、闘病中なのは情報として知っていたが、感覚的にはまだまだ死ぬとは思えない人である。

 やっぱり『戦場のメリークリスマス』だろうな。『ラストエンペラー』も映画館で観るのは観たが、音楽とともに色々なイメージが浮かぶのは、センメリである。

 大島渚もデビットボウイも今はいない。

 山口瞳の『男性自身』というエッセイを愛読していた。週刊新潮に連載していたものだが、週刊文春との2冊が私の情報源だった。文春には椎名誠が書いていた。

 その『男性自身』のなかで山口がある禅宗の高僧の俳句を紹介していた。

『死ぬるとはいなくなること夏座敷』

『死ぬるとはいなくなること冬座敷』

 2句あったわけではない。どちらか1つだけだ。ただ私の覚えが悪く、肝心の季語がわからなくなっている。

 どちらもありとは思う。しかし、句の印象は正反対になる。また、どちらが好みとも言えない。

 連載中に山口は亡くなったが、最後の方の回には、2階に上がるのがつらく途中の踊り場で休憩しつつ上がるとあった。

 死ぬことばかり考えているとも。

 絶筆だった。

 魂が傷ついているのは、生き残った人である。死者の魂が傷つくか傷つかないかは、わからないし確かめようもない。きっと死に方にもよるだろう。

 死そのものは魂を傷つけない。次のステップへ進むための必須通過点だから。

 ただ死者には生への執着があるに違いないと、残された人は思い込み、死者の恨みや葛藤をおもんばかってしまう。

 生きている人には死がわからない。本当は『いなくなること』だけが正解なのに……。

 レクイエムは生きている人のためにある。生きている魂をなぐさめるものだ。

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