妻と共通の友人の母親の通夜に行く。最後の別れに顔を拝見した。穏やかな表情だ。
ご遺体は2段ほど上がった先に安置されていたが、私は階段を下りるのが苦手だ。思わず妻の手をとった。お気をつけてと声をかけてくれた友人の長男に対して、妻は応える。
「この人ほんまにヘロヘロで、まともに歩かれへんのよ。この次はこの人やで」
次に死ぬのはこいつ、断言した。
確かに私はヘロヘロである。まともに歩けない。しかし、こういう厳粛な場で、そういう物言いは許されるのか。軽い笑いは生じたものの、ここに笑いは不要と思う。
昔はよく歩いた。走るのは嫌いだが早歩きは平気だった。少なくとも歩いている年寄りに追い抜かれるほど遅くはなかった。ここ数年足の弱り、衰えを強く感じている。30代の初めからたびたび痛風発作に見舞われているせいかと思う。
痛風歴は長い。最初の発作は長女が生まれてすぐだったから、30年以上前の話になる。
昨年、真剣に痛風を治す決意をした。尿酸値の高い状態は腎臓の大きな負担になると、かかりつけの内科医の説明を受け、諭されたからだ。このうえ人工透析は堪らない。
尿酸値を下げる薬を毎日服用する。
ところが発作はかえって頻発する。尿酸値は正常範囲内にあるのに。
発作はとにかく痛い。血中の尿酸値が下がると、関節内に固まっていた尿酸結晶が溶け出し、再度関節を攻撃し始めるのだ。尿酸結晶の写真を見ると、まさに針だ。こんなものが関節内に、大量に固まって存在している。
痛風の初期発作は足の親指の付け根が一般的であると、痛風ガイドブックにはよく書いてあった。小太り丸顔メガネの親父が、足の親指を痛そうにさすっているイラストなんかがついている。似顔絵のようだ。
私の発作はいきなり左膝に来た。当時サドルのない自転車にたまたま乗ったので、そのせいかと思ったが、あまりの痛さに事務所の向かいの病院に駆け込んだところ、痛風と診断された。
(駆け込んだは嘘。同じ事務所で仕事をしていた叔父の肩につかまり、ソロソロ道を渡った)
私は当初の診断を疑った。痛風のことをよく知らなかったせいもあるが、この激痛が尿酸結晶のような微細なもので、引き起こされているというのが信じられなかった。
腿までパンパンに張れているし、きっと何か別の重大な病気だと思い込んでいた。
しかし、KT病院に転院しても診断は同じだった。風が吹いても痛い、痛風。
半年は通う。痛み止めボルタレン50ミリグラム入りのサポが手放せなくなる。座薬は面倒だが、痛み止めの効きは経口薬より信頼できる。排便を済ませ風呂場で泡だらけにして入れる。薬が効いて来たら基材を排出するので、再度風呂場で洗う。メンドクサイ。
痛み止めが効いていても、まともに歩けないので、足はどんどん痩せてゆく。担当の若い整形外科医は太腿まわりなどを計測し、このまま放置できないと判断した。手術を宣言する。30分ほどで完了するとの説明だったが、3時間はかかった。
局所麻酔が途中で切れかかる。
私は脂汗を滲ませ痛みをうったえたが、手術台で状況を観察していた部長は、もうしばらくの辛抱と笑顔で応える。
にこやかに、ガマンしてくださいねって……。かなり痛いし、関節内で何かが動く。気味が悪い。
しかし、追加の麻酔処置はなかった。もともとできないのかもしれない。
手術という名だが、実際は関節内の洗浄だった。局所麻酔なので医師たちの話はまる聞こえだ。不安はずんずん大きくなる。
手術後1週間あまり入院になるが、その際、右膝にも発作が起こる。手術にそなえ尿酸値を下げる薬を止めたからだ。なぜ止めるのか理由は忘れた。入院中1日の尿を調べると、少な目のうえ尿酸をつくりやすく出しにくい体質と知れた。関節内は代謝が誰でも悪い。溜まるばかりだ。
実は父は痛風患者だったし、母の尿酸値も高かった。痛風は遺伝病である。
以来30年余り両膝両足首両踵など、足の関節のある部分に発作は頻発する。
同時に両足の発作がでると、たいへん困る。普通に立てない、立ちにくい。下世話なはなしパンツをはくのでさえ5分はかかる。それも気合を入れて、自分にはくことを言い聞かせないと、途中で止めてしまいかねない。止めて困るのは自分でしかないが。
結局、真剣に治療を始めようと思ったのも、痛みに疲れたのかもしれない。
さて、この治療には最低2年かかると説明されている。
発作の起こるメカニズムは理解したつもりで、関節内から尿酸結晶がなくならない限り、何度も繰り返すと知っている。2年はあくまでも上手く行った場合、最低の必要期間である。状況次第で伸びることは考えられる。
妻はいろいろ難儀している私を見て、軽く言い放つ。
「自業自得」
もちろん返す言葉はない。そのとおりだ。
そのとおりだが、やさしさはないね。
酒を止めれば発作は少なくなるかもしれない。飲酒は発作の引き金になる。悪魔のトリガー。
しかし、私は卑しく頑固である。禁酒はしない。まさに自業自得だな。
「痛みに慣れすぎてない、ですか?」
かかりつけの内科医は発作の頻度にあきれて、そう言う。痛みなんかに慣れるはずがない。痛いのは大嫌いだ。痛み好きは特殊な趣味の人だけだ。
私は、誰がどんな病気になろうとも責めたりしないし、親切めかしてアドバイスもしない。
また頑張れとも言わない。病気をかかえて生きるには、もともと強い意志が必要だ。そのうえ何を頑張る。むしろ頑張るのは止めよう。
痛いときは痛いと叫ぶ、大きな声で。



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