椅子

エッセイ

 アフリカのサバンナを想像してみる。

 メスライオンは腹ばいになり身を低くしている。狩りのために潜んでいるのだ。尋常でない緊張に包まれている。対象にはなりたくないものだ。

 オスライオンはすこし離れたところで、だるそうに腹ばいになっている。しかし、なんとなく威厳を感じる。百獣の王と呼ばれる所以か。何もしていないというか、ただ怠けている雰囲気を出しつつも立派に見える。

 トラ、ヒョウ、チータなどの大型のネコ科は、腹ばいでじゃれ合っていても、いつ捕食者として覚醒するかわからないから、とても恐ろしい。牙をむかれれば防ぐ術はない。

 人間は2本の足で立って歩く。腹部を地べたに付けて進むことはあまりない。

 匍匐前進は兵隊の戦闘行動のひとつだが、敵に発見されないことがいちばんの目的だろう。普通の一般人はあまりしない。

 町の往来でいきなりやられると、今ならユーチューブ動画の撮影と思うだろう。

 地べたで腹ばいには、威厳はないな。戦闘行動中なら緊張感はあるが、立派には見えない。

 腹ばいではなく座っていても、地べたでは威厳は感じにくい。体育座りにはまだ意志を感じるが、きっちり似合うのは小学生だけだ。大人の体育座りは、両肩が淋しい。

 腰かける。あるいは椅子に座る。

 この行為はとても人間らしい。というか人間にしかできないのではないか。

 椅子の背もたれに体をあずけているネコって、見たことありますか。

(動画にあったような気もするなぁ)

 玉座という言葉は王様の座る場所をいう。象徴的にいう場合もあるし、具体的に絢爛豪華な装飾が施された、実際に王が座る椅子をいう場合もある。

 実はうちにもひとつ玉座がある。今は4人目の王様が座っている。少し前まで女王様が座っていた。

 この玉座は木製である。

 正しくは幼児用の食事のための椅子だ。

 長男が生まれたときに父が贈ってくれた。

 悪いものではないが、高価かどうかはわからない。ごく一般的な椅子である。

 次に長女が生まれ玉座の主は、女王様に変わった。成長とともに子どもたちは平民の身分に落ち着き、普通の椅子に腰かけるようになる。

 玉座の座面は狭く、大人の男には厳しい。私の尻にはとてもきつく座れない。

 しかし、たまに母は座っていた。摂政か。

 摂政関白の地位にあるからといって、玉座に座ることはないか。

 初孫は女の子だった。

 同居していなかったが、うちに来ればこの玉座を利用した。威厳というより、機嫌をとるのに臣下は必死だった。

 そして今、王様が腰かけていらっしゃる。もちろんご機嫌うかがいは臣下のつとめである。

 幼児用の椅子に似合う食べものは、お子様ランチかな。旗はやっぱり日の丸。

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