潮の香のかすかにからむ青田風

エッセイ

 古いUSBメモリーを開く。

 仕事で作成した書類のフォルダーがたくさん残っている。それらに紛れて、個人的な文書を記録したものもあった。先日公開した短編小説『井戸』は、ここで見つけたものだ。私はすっかり忘れていた。存在も書いたことも。

 同じように俳句を見つけた。

 句集と題されたフォルダーがふたつあり、どちらも開いて確認する。しかし、以前詠んだ俳句に違いないと思うが、覚えているものがない。すべて忘れている。

 ただフォルダーのひとつには、『19.7.21.淡路島にて』という副題がついていた。

 これは覚えている。日帰りで淡路島に連れて行ってもらったことがあるのだ。

 19.7.21.の数字は、平成19年7月21日のことで、15、6年は経っている。

 4人で行った。私と下戸の古い友人、それに彼の会社の顧問税理士とその友人である。男と女ふたりずつだが、艶っぽい話は皆無である。

 友人は親から引き継いだ会社を経営していた。

 酒飲みには下戸の金持ちはありがたい。いっしょに遊ぶときは、高級車に乗せて自宅まで送迎してくれる。私はただただ飲んでいるのだ。

 税理士は淡路島の洲本市出身で、極上のハモを食わせる寿司屋へ私たちを案内するために、この小旅行を計画した。私はのっかっただけである。

 

 まず、税理士が予約したプールに向かう。市民プールとのことだったが、屋内にはあったものの、ほとんど小学校のプールだ。ひとつだけあった。利用者も大人は私たちだけで、あとは小学生たちである。

 昼になり皆あがる。

『子ら去りしプールはすべて失いぬ』

 それにしてもあれ以来、泳いでいない。

 さてハモである。

 関西人の例にもれず、大好物である。母が生きていたころは、ハモの照り焼きやおとしが、必ず夏の食卓にならんだ。決して脂のつよい魚ではないのに旨味は多い。

 ところで紹介された寿司屋の店名は忘れている。また、ハモは鍋にしてくれたものの、味も思い出せない。忘れてしまっている。

 ただウニは覚えている。これは抜群に美味かった。

 淡路島うに、検索する。たちまちヒット。

 由良の赤ウニは有名である。もちろん高級品だ。私は、ムラサキウニのことを赤ウニと呼んでいるのだと誤解していたが、ムラサキウニの漁期は5月で赤ウニは8月となっているから、別物であると知れた。

 このとき食べたウニに説明はなかったが、今調べた漁期からいけばムラサキウニになるのかな。少し損をしたような気になってくる。

 提供されたウニは、ネットで見た赤ウニと同じように、小ぶりの木製の箱に載ってはいたが……。ティースプーンのような小さな匙にウニをすくって口に入れる。匙を溶かす勢いで舐めたおすのだ。いずれにしろ、とても美味かった。

『官能という言の葉やウニ喰らう』

 句集なので俳句がいくつか残っている。うまい句はない。ただの記録だ。

 おそらく、このウニは性的な刺激を感じるほどに美味かった、ということだろう。

 あの箱ひとつのウニを独り占めする。こんな贅沢、もうできない。

 さっき書いた。『艶っぽい話は皆無である』と。女性がひとり、別にいたことをハモ鍋のくだりで思い出した。

「顔食べれるよね」と言いつつ、この女性は、おそらくダシを取るために入れていたのであろう、ハモの厳つい頭を引き上げて、箸でつついている。美味しいおいしいって。

 税理士の友人で、島に渡ってから合流した。住まいは大阪市内だったか、郊外だったか。私たちよりは若く独身だった。

『吹きもどしあなたのなかの夏少女』

 吹きもどしは、吹き戻しという玩具だ。島内には『吹き戻しの里』がある。製作体験もできる。プールのあと彼女を拾い、5人で訪ねた。他愛のないオモチャだから、吹くとよけいに子どもっぽく見える。

 写真は残っているが、オッサン社長が吹いているものしか、私は持っていない。非常につまらない。今思ったが、たしか吹き戻しは季語ではないよね。浮いてこいというオモチャは、夏の季語だったような気がしているが……。調べるのは面倒だからこのままにする。季ちがい季ぶくれもご愛敬ということで。

 俳句を載せてエッセイを書けば、俳文という扱いになるのだろうか。

 私は景色、風景を見て感動することはあまりない。ろくなものを見ていないから、心は感動を知らないのかもしれない。

 この小旅行でも風景に対する感動はあまりなかったな。

 帰りに明石大橋を渡りながら見た町の夜景、たくさん灯のついたようすには、また仕事が始まるなと思い、少し鬱陶しくさびしく感じた。

『都市の灯に明日は戻りぬ土用波』

 とってつけたような句やな。

 都市はまちと読んでほしいけれど、鬱陶しさもさびしさもまったく出ていない。

 季語の土用波が微妙です。

 それでもあるものは書いておこう。

『草いきれ足になじまぬはやり靴』

 こっちの方がリアリティはある。実は靴擦れしていた。自分らしい気がする。

『鱧を切るまちには町の掟あり』

 切ると掟は、じゃっかん物騒です。

『恋ごころ告げたしビールほすように』

 還暦すぎて5年たつ、もうすぐ。

 果たしていつまでこんなことを言ってられるのか。いつまで酒は飲めるのか。

 ちなみに今日明日は休肝日だ。

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