845

 収集癖はない。

 小学校低学年で郵便制度と前島密について習った。それがきっかけになり切手収集を始める同級生はいた。私も数年集めたが、長くは続かない。

 面倒なのは嫌いだ。というより集めることは面倒だ。

 遊び友だちのなかには、メンコ(関西弁ではベッタン)やビー玉(同じくビーダン)を集めているものもいた。私はどちらも下手なので、取られるだけで集められない。

 牛乳瓶の紙のフタや、日本酒のいっしょう瓶のフタを集めるものもいた。

 剣菱はなぜか人気だった。

 こういうものをたくさん集められるのは、それそのものを使ったゲームに、よく勝っているわけで、力の誇示、強さの象徴としての収集品と言えるだろう。

 優勝カップはもともと人の頭蓋骨だったらしいが、そう聞くと心の闇がチラチラして、じゃっかん居心地がわるい。

 ゲームや勝負に関係なくものを集める人はいる。いわゆるコレクターと言えば良いだろうか。

 先日、中学のG先輩と酒席をともにした。

 先輩は黄色いビニール袋を持っていて、それには赤い文字でタワーレコードと書かれている。

 なかにはレコードが1枚入っていた。名を見ると石川さゆりだ。

 このひと、先輩の趣味だった 新譜

 いくつか疑問は感じたが、何より目にした定価に驚いた。

「先輩、これ5500円もするんですか⁉」

「このまますぐ、ネットで売ったら10000円にはなります」

 昔でいうLPサイズのレコードではあるものの、収録曲数は不明である。『津軽海峡冬景色』、『天城越え』など、よく知られた曲名が読める。

 このレコードを買い求める人たちは、石川さゆりのファンではないような気がする。少なくともさゆりちゃん(同い年だけど)の歌が聴きたい人ではないように思う。

 ひとことで言えば、レコードそのものののコレクターだろう。

 先輩は私が訊ねたから裏の価格を教えてくれたが、これを売る気などさらさらない。

 コレクションの大事な1枚なのだ。

 そして、このレコードを聴くにはレコードプレーヤーが必要だが、今きっと各家庭にはない。

 先輩は趣味の人である。いろいろなものを集める。よって、ものに対する知識は深い。

 あるとき見せてもらったコレクションは、ストップウォッチだった。3つはあったな。

 時計の収集を趣味にしている人は多い。男にとっては、ネクタイと並ぶお洒落アイテムだろう。

 先輩もとうぜん詳しい。

 しかし、ストップウォッチを集める人は、先輩以外に見たことはない。

 時を秒だけで計る姿は、機械として純粋で美しいのだろう、きっと。

 石油ストーブもいくつか持っている。全体のほとんどは(耐熱)ガラス製で炎がよく見える。焚火を愛でるように心は休まる。

 とても暖かいから、コレクションにしては実用性が高いと言える。

 炎つながりで言えば、アウトドア用品のランタンはいくつもあった。それぞれホワイトガソリンやガスを燃料にするタイプで、室内の蛍光灯よりかなり明るい。眩しいほどだ。

 ランプシェードはランタンとは別物になるかな。陶器製でとても綺麗だった。美術品と言っても良いほどだ。

 他に私が目にしたものを列挙してみる。

 自転車、万年筆、タイプライター、帽子、テント、コッド、ダッチオーブン、シェラカップなどなど。

 先輩の凄いところは、ただものを集めるだけでなく、すでに集めている人(先達)と知り合い、すぐ仲良くなるところだ。すると知識も増えるしコレクションも増える。

 車も人とは違うものに乗る。感覚的にはオモチャに近い。

 新しく買ったから試乗がてらラーメンを食べに行こうと、いちど誘われたことがある。玄関で待っていると、聞きなれないエンジン音が近づいてくる。バタバタバタ……。とても軽い。

 フィアット500(チンクェチェント)という車だった。アニメのルパン3世がよく乗っている。製造から楽に50年は経過している。可愛いと言えば可愛いのだろう。

 ひととおり見せてもらい乗り込む。妻に見送ってもらった。エンジン始動、バタバタバタ……。

 先輩はアクセルを踏み込む。横目で見ると、スピードメーターの針は80キロを超えている。

 えっ‼ ところが妻との距離はいっこうに開かない。カメだ。

 立ち尽くす妻、笑い転げる私たち。

 この車のナンバーは845だった。実は先輩の乗る車はすべて同じナンバーをつけている。

 845……。

 845とはもともと、真空管の番号である。

 そもそも真空管を使っている機械は、今でもあるのかと思う。きっと各家庭にはない。

 真空管845は今でも買えるのは買える。ネットで確認した。ただし、非常に高価であり、たいてい買っても使えない。真空管アンプを使っている人専用だ。

 音の玄人専用と言ってもよいだろう。

 この真空管845でさえ、中国製の廉価版があると先輩は嘆いた。音が違うそうだ。

 私たちが今、ふつう耳にする音楽はデジタルサウンドだろう。平たく言えばコンピュータを通した音である。それに対してレコードプレイヤーが鳴らす音には、人間らしいあたたかみがあるらしい。しっとりしていると言う。

 明らかにプロの世界、玄人の趣味の世界だ。

 正直、私にはわからない。

 ただ、例えばアクセルを思いっきり踏み込んでも、まったく走らない車は面白いと思う。

 ある意味、アソビがうれしい。

 急用のときはどうするのか。もちろん速い車を使えば良いだけだ。

 いずれにしろ私は、免許も車も持ってはいない。

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