想像するしかない。きちんと確かめることはできない。
それこそ日本史にも頻繁に登場する怨霊の話である。そもそも肉体を離れて精神は存在できるのだろうか。誰かを恨み害したいという意志は、それのみで存在するだけではなく、実際当事者、相手方に憑依するという。
呪うって本当なの。
お笑い芸人のシークエンスはやともは、いわゆる視える人である。お笑い芸人というだけで一般社会人より自然ではないと思われるが、そのうえ視える人なのは変わっているにもほどがある。
なお、霊が視えるということを、普通に目で物が見えることと区別するために、あえて私も視えると表現しよう。もちろん私はまったく視えない。
彼のエピソードとして、ウィキペディアにとんでもないことが書いてあった。
――小学3年生の頃、自宅の3階のベランダから外を見ていると、向かいのマンションから男性2人が現れ、男性2人の殺人現場を目撃してしまう。殺害された男性が死ぬ直前に目が合い、怖くなり部屋に戻る。翌日、目が覚めて横を向くと殺されて死んだはずの男性の霊が自分の目の前におり、それからトイレや風呂であっても四六時中ずっと一緒に生活することとなる。ある日、父に「お前、それ自分でとれないのか」と言われ、父も霊が視える人だったことが分かり、「とれない」と返すと「俺がなんとかしておくから、今日は寝ろ」と言われ、翌日目が覚めたら男性の霊は居なくなっていた。――
理解しにくい突飛な内容であり、あまり上手な表現でもない。
しかし、いったん事実として受け入れる。すると冒頭の怨霊の存在理由が微妙になる。誰かを恨み害したいという意志は、必須ではないのかという疑問が湧く。
なぜなら小学3年生の彼は、殺害現場をたまたま目撃したにすぎない。それだけなのに霊に憑依されている。
殺害現場の目撃以外、生前にかかわりはないし、恨みもないと思われる。しかし、霊は憑依している。視える人だからついたのか。
(視えなければ、ついているのも視えないとは思う)
素直に考えれば殺人を実行した当事者、つまり犯人に憑依するのが最も妥当に思えるのだが……。
彼だけではなく、いわゆる視える人たちは生霊ということをよく口にする。この概念、恐ろしくないですか。
霊というだけで恐いのに、その霊の主体は生きている。今も恨みつつ生活しているかもしれない。生霊に憑依されている人が死なない限り、ずっとついたままもありうる。
人は何で恨まれるかわからない。恨まれないよう平等公平に生活しているつもりでも、実際恨まれる可能性はなくならない。気をつけることさえ意味はない。
概して人の心は複雑だ。すんなりあっさり理解できるものではない。
生霊に憑依された人はたいてい体調がすぐれない。彼には真っ黒に視えるらしいが、他の視える人の目にも似たような状態でうつるのだろう。
彼は霊を取り除く方法として、滝行を勧める。酷かったり強かったりするものには、滝そのものの水量の多いもの、強い滝に打たれるように助言する。
そして、たいてい落ちてしまう。
水で手を洗うのとかわらない。霊はある意味、汚れのひとつなのか。
人は一人でも感情はいろいろである。そのときどきによって、さまざまな感情が現れる。負の強い感情が生じたときに生霊は発生するのかもしれない。
恨んだ状態を保持しつつ、死んでしまえば生霊は死霊、怨霊に変わるのか。
妬みも恐い。恨み以上に防ぎようがない。幸せに何の問題もなく暮らしていることが、妬みの対象になることもありうる。
お願いだから妬まないでください。ひっそり静かに暮らしていますので。
ところでそもそも、エネルギーの集合体という概念も、いまいちよくわからない。ただ自然界には当たり前に存在している。
台風はきっとそうだ。プラズマはいかにもエネルギーに見える。電気のかたまりか。
その集合体の結合理由の一つが負の感情、誰かを恨み害したいという意志なのだ、きっと。たぶん恐らく。
これには逆も成り立つのではないかな。
誰かを愛し護りたいという意志もエネルギーを結合する理由になる気がする。子や孫を強く愛する心は守護霊化するように思う。
感情の一瞬の発露が怨霊や守護霊を生み出す。自分が意識するのとしないのとに関係なく生じてしまう。
とても厄介だ。人に迷惑をかける虞があるのだから、あまり感情は動かしたくない。負のみならず正も。
佐賀県の吉野ケ里遺跡で、新たに石棺が発掘された。当時当地の支配者の墓所だったようだが、石棺蓋の裏側には×印の線刻があり、死者の魂を封じ込める意味があるようだと、考古学者たちは考えている。
魂を封じ込めるというより、怨霊を封じ込めるつもりだったのではないだろうか。
例えば生前、優秀かつ温厚な統治者であっても、死んだ瞬間、怨霊化するおそれを弥生人は常識的に感じていたのだろう。
人の心が理解できないのは、昔も今も何も変わらない。死についての正解、明解がないから仕方ない。
人は死んだら何になるのか。何にもならず肉のかたまりだけが残ると考えるには、説明できない奇妙な現象がたまに起こる。
思いは留まっている。
あなたの後ろに。



コメント