仲良くしている中学のG先輩は、野球部のキャプテンだった。
もちろん私は、野球部員ではない。
スポーツをする、好むタチではないし、根っからの運動音痴で、おまけに立派な肥満児だった。
先輩には男ばかり4人の子どもがいる。同じ小学校で、次男さんとうちの長男、三男さんとうちの長女が、それぞれ同級生だ。
その縁や共通の習い事もあり、また母親同士がとても親しくなったので、家族ぐるみの遊びをたまにした。
うちが子どもたちと何度か利用したテニスコートに、先輩の子どもたちとも行ったことがある。先輩は仕事があり参加できなかったが、奥さんと子どもたちは一緒だった。
4人ともテニスはしたことがなかった。初めてである。ラケットを持つのは初めて、テニスボールを打つのも初めてだ。
当然巧く打てないし返せない。まずサーブが入らない。
ところがである。
4人が4人とも、2、3度ボールに触れてやりとりしたら、サーブは打ってコートに入れる。入ったボールは打ち返す。打ち返されたボールはまた打ち返す。
ラリーだ。
先輩にゴマをするつもりは毛頭ない。ただこの4人兄弟は、うちの子とは少し違う。
子どもたちは楽しそうに、わいわいテニスをしている。ゲームに熱中し、すぐ上達するのがわかったとき、これは才能なんだと確信した。
スピードが違う。とてもさっき初めてテニスをした人の、打つボールとは思えない。一番下の子は、小学生にもなっていない。はっきり言って、経験のあるはずのうちの子より断然、全員巧い。
球技は特に、センスの差がすぐ表面化するスポーツかもしれない。
H君が多趣味で多才な男だと知ったのは最近である。高校2年からの知り合いだが、当時は知る由もなかった。
伊丹エッセイ同好会に入ると言ってきたときも驚いたが、亡くなった友人の思い出をつづる作品で、中学からバンドのベース担当だったと知り、仰天した。
初めて聞いた。
洋楽好きなのは知っていたが、まさか自分で演奏するとは……。
何年か前、絵画教室に通っているとも言っていたな。それに中学のマラソン大会で、6位だか9位だかに入ったとも聞いた。
私は中学の成績も良くなかったが、とくに音楽、美術、体育の3教科は3年間、5段階評価の2をつけられた。
体育が苦手なのは肥満のせいにできるが、音楽も美術も、不出来の理由を肉体の歪さには求められない。
この歳だからH君に嫉妬することはないが、私と比べてずっと楽しい青春だっただろうとは思う。
人のすることには必ず、上手下手がある。同じ作業をすると、たいてい差が生じる。手早く簡単に処理する人、その人の3倍の時間を要しても満足な結果を得られない人。
私は常に、必ず下手だ。
65歳を目前にして、できないことを頑張ってしようとはしないと決めた。できないことを恥ない、仕方ないのだ。そんな風に生まれている。できなくて当然、できないようにできている。
野球やサッカーの選手は、今でも子どもたちの憧れの職業だろうか。少なくとも私が子どものころは、プロ野球選手の人気は一番高かった。私でさえマンガの巨人の星は、欠かさず必ず見ていたくらいだ。
今一番注目の人は大谷翔平選手か。野球少年の憧れだろう。
ただここで気をつけてほしいのは、努力したからと言って、誰でも彼のように成れるわけではないと言うことを、しっかり肝に銘じてほしい。
夢を持ちなさいと教師は言うだろう。夢なら叶えようと努力するかもしれない。その努力が尊いのだと。
努力は必ず報われるとは言わないが、成功した人は必ず努力している。誰の言葉かは知らないが、そんなことを言う人も多い。
しかし、目標が大きければ大きいほど、必要な努力も過酷なものになるだろう。
また、体をつくることは、たいていのスポーツをする上での基本だろう。つまりプロの選手として生きて行く最低の行動が体づくりだ。努力とは言わない努力、体ができて初めてスタートラインに立てる。
スポーツ中心に話しているが、音楽でも美術でも変わらない。基本を学ぶことは努力ではない。
子どもが夢をみるのは仕方ない。問題は親が自分の子どもに夢を押し付けることだ。選択の自由のある夢ならまだしも、自分自身叶えられなかった夢を子どもに託そうとする。下手をすると美談になりかねないところが、私は何より恐ろしい。
例えば、プロ野球選手になりたいという夢を抱いて、努力していた子どもがなれなかった。野球そのものに挫折する。
何かできることを探しなさいと、教師や指導者は言うだろう。ではもし何もできることがなかったら、どう責任をとるのか。
良い、何もしなくても良い。テレビを見て笑っていなさい。
とにかく社会を乱さない、人に恨みを持たない。社会にも人にも、脅威になる行いは決してしない。
叶わぬ夢に溺れない。生きているだけで十分です、あなたが。
天才は一握りだから評価される。
天才を育てるよりも、才能のないものが社会に対して恨みを持たない心を育てる方が大切だ。社会を護り、人を護る。



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