戦争を知らない子どもたちのひとりでした

エッセイ

 Kからラインでメッセージがとどく。

「先週末、カミさんと甥っ子がいる鹿児島に行ってきた。行きたかった知覧へ。色々考えさせられたわ」

 意外だった。

 知覧という地名を見て、そのうえ行きたかったとある。考えさせられたで終わるのは、神風特攻隊の史跡を見学したからだろう。私なら行かない。

 返信する。

「ウチの親父が機銃掃射の流れ弾に当たったん知覧ちゃうかったかなぁ。高知やったか」

 Kからの素早い返信だ。

「兵隊さん? やった」

「予科練やね」と私。

「伯父(親父の兄)も予科練やった。九州で2回特攻する予定やったが、いずれも整備不良で生還したらしい」

「命のある人やね。親父はさすがに幼すぎたらしく、不憫に思った上官が命令しなかったと言うてたな」

 父は昭和5年3月の生まれだから、撃たれたのは14、5歳だろう。自分が行かないと日本は負ける、そう思っていたようだ。

 こういう話は、これまでいち度もしたことがない。ひょっとしたら誰ともないかもしれないが、Kとの間では尚更しないような気がする。Kといるととても楽しいから、2人の間には硬い、マジメな話を持ち込む隙間がないと思い込んでいた。

 ところが、行きたかった知覧で考えさせられているK。

 結局、私たちもそんな歳になったのだ。

 私は戦争を直接経験していない、曝されていない。結果、語るべき何かは、ほとんど持っていない。父や母或いは近い身内から聞いた話しか私にはない。

 ネット検索すると、知覧特攻平和会館のサイトにヒットした。Kはここを訪ねたのだろう。南九州市知覧町にある。

 9日は長崎に2回目の原爆が投下された日だった。

 Kからラインをもらったのは今年の5月。この3ケ月このページを開いては、少し書き込み、考え直してまた消したり、何度もなんども、そんなことをしている。

 いい加減に生きている男には重すぎるテーマなのだ。何をどう書けば良いのかわからない。戦争には大反対なのに。

 おとといユーチューブで『学校では教えてくれないッ!』というチャンネルの動画を見た。動画そのものは1年前に公開されたものだった。原爆投下について、まだ複数の計画が残っていたという。そして次は東京に投下する予定だったらしい。大空襲を受け、荒れ果てていた帝都に。

 正しい戦争はありえない。

 賛美することは決してないし、断固反対する。

 戦争が間違っているのは、人が人を殺すことが間違っているからだ。どんな理屈をつけても間違っていることは正しくならないし、してはいけないことである。

 人は間違いを犯す。知らないで間違うことも、熟知したうえですすんで間違うこともある。

 戦争がなくならないのは、自分以外の他者と競い合って、人は生きているからだろう。善悪の前に生存競争を勝ち残ることが使命としてある。

 ずっと気になっていることがある。弱肉強食という考え方は何とかならないのか。これを否定すると、人は生物として生きていけないことになるのか。

 戦争の原因をよく考えると、弱肉強食の考え方が元にあるように思う。弱肉強食を疑問に感じないで、自然の摂理だから正しいと決めつけることが、ひいては戦争を引き起こしてしまう。

 人は本当に、ひとりでは生きて行けない。だから人を殺してはいけない。

 人は偉いから生物のうえに君臨しているわけではない。ウシにしろニワトリにしろサカナにしても、人に食べられるためだけに生きているわけではないのだ。

 結局、政治なのだろうか。戦争をなくすのは。

 問題解決の手段に、決して戦争を選ばない政治体制をずっと維持する。

 国家には、国民の生命や財産を護る義務がある。防衛のための武力行使は容認できるのか。複数の相手国があり、程度問題にするべきなのか。

 母は生まれ育った町で、艦載機グラマンの機銃掃射に曝されている。道を歩いていて襲われ、知らない家の防空壕に飛び込んだ。知人が同じ目にあったことも聞いたし、べつの知人の兄も撃たれた。同じことを書いている作家のエッセイを読んだこともある。

 私は、こういう行為はパイロットの遊び、気晴らしだったと結論づけた。

 しかし、だからこそ人は恐ろしいと思う。命を弄んでいるのだ。自分は決して手の届かない空のうえにいて、小さな命をオモチャにする。

 グラマンの話以外には、伝えたい残したい話は、今の私にはない。重みのない役立たずである。

 それでも戦争の話は、残さないといけない。

 怨恨も賛美も生まないように、純粋に事実として伝えるべきである。人は間違いを犯す生きものであり、学ばない生きものだ。せめて話に歯止めになる可能性があるなら、残しておきたい。少しでも多くの若い人に知ってもらいたい。

 銃を見れば触りたくなる。触れば撃ちたくなるだろう。実は照門と照星の先には必ず、命が見えている。人でも動物でも命にかわりはない。弾丸が命中すれば殺す。命中とはいのちにあたることだ。

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